東ティモール国民和解会議レセプションに出演
2010年10月21日~23日(東ティモール)
10月16日~26日まで、東ティモールに行って参りました。
今回の渡航目的は、「国民和解会議レセプション」でのパフォーマンスです。
6月にノルウェー大使館が建設した山頂の村・ラクルバールのファトラウ小学校開校式のあと、ノルウェー大使のハンスさんに「音楽教育の分野で協力をして欲しい」とのお話を頂いておりました。
子ども達のコーラスグループ(聖歌隊)を作りたいとの事でした。
「私に出来ることがありましたら、何でもご協力いたします」とお話してありました。
また、学校でのコンサートや子ども達と一緒に歌いたいとの希望も、お話してありましたところ、在東ティモール日本国大使館より、ハンスさんからの文書とお写真がとどいたのでした。
お写真は開校式でのもの、文書にはノルウェー大使館が主催する「日程が合えば国民和解会議レセプションで歌って欲しい」との内容が書いてありました。
ファトラウの子ども達と共演できるのであれば、ぜひ伺いたいとのことで急遽渡航を決め、国民和解会議を見学し、ノルウェー大使館主催のレセプションで歌って参りました。
このレセプションを開催するまでに、何度も話し合いがありました。
参加の皆様が喜ぶ演出をあれこれと考えていらっしゃるハンスさんご夫妻。
「外国の皆さんのパーティー計画」を目の当たりにして、何と言いましても「物」より「心」を大切にした演出に感激しておりました。
私もそのプログラム決めに参加させて頂き、スタッフ全員で話し合いながらの準備でした。
大使と東ティモール人スタッフは、まるで家族のよう。
深い信頼で心が結ばれているのがすぐに分かります。
前日の夜、三時間にもわたる雨の中でのリハーサル。
教会のひさしで雨宿りしながら子ども達と一緒に歌っていると、時間が経つのも忘れてしまうほど。
子ども達は初めて間近で聞く、ソプラノ歌手の私の声を目を輝かせて聞いていてくれました。
そして、驚くことに、私の声の出し方を真似ようとするのです。
綺麗な声で歌おうと一生懸命努力している姿に、心から感動しました。
「あぁ、東ティモールに帰って来て良かった」心からそう思いました。
東ティモールの政府関係者、各国大使、大使館職員、国連関係者がお集まりになる中、ノルウェー大使ご夫妻のハンスさん、ウィンケさんの心のこもったレセプションが始まりました。
子ども達の歌が数曲あり、ノルウェー大使のハンスさんより、私の紹介が続きました。
「日本の沖縄から、ソプラノ歌手の宮良多鶴子さんが、この日のために東ティモールに帰ってきてくれました。宮良さんは日本で『オ・ライ・ティモールの会』を立ち上げ、副会長として活動し、東ティモールの紹介と子ども達への支援の呼びかけをしています。これからも、東ティモールの皆様と平和への道を共に歩いて行きたいと語っていました。」
会場から大きな拍手が起こりました。
「東ティモールの皆さんと共に歩きたい」という気持ちが届いたのです。
ステージの幕(緞帳は東ティモールの国旗でした!)が開きました。
素晴らしいレセプション。
参加の皆様が心温まる、そんなレセプションでした。
きっと、私も客席に居たら涙しながら聞いていたと思います。
子ども達の演奏は、本当に素晴らしかった!!
6月から訓練していた合唱曲を、立派に歌う姿を愛おしく見ておりました。
私は数曲を歌い、「あともう1曲、私の大事な友達と歌いたい曲があります。皆さん、どうぞ聞いて下さい」と話し、盲目の歌手・アントニオとテトゥン語で「O Rai Timor」を歌いました。
「O Rai Timor」といいましても、私が歌っている「O RAi Timor」ではなく、私の友人トニーペレイラの曲。
昨夜のリハーサルで急遽決まった共演の曲。
アントニオは子ども達との合唱にだけ参加する予定だったのですが、彼はシンガーソングライターです。彼の音楽的な才能を6月の開校式で知っていますので、「アントニオと共演したい」と指揮者のパウロにお願いしたのでした。
ご出席の皆様は歌い終えた私たちの初めての共演を、大拍手でたたえて下さいました。
私は何度もアンコールを頂き、結局、何曲歌ったのか覚えていません。
東ティモールの政府関係者の皆さんが「あなたとアントニオの共演に涙が出ました。あなたの東ティモールの対する心が伝わって来ました」と、涙しながら話してくれました。
「私はあなた達東ティモールの皆さんと、共に手を携えて歩くために来ています。日本に居ても、東ティモールに居ても、いつもあなた達を思っています。本当にありがとう」と答えました。
子ども達も何度も何度もアンコールに応え、最後はやはり、子ども達と一緒に「Kolele Mai」を歌って、レセプションはフィナーレとなりました。
共演の翌日、子ども達はピクニックに行き、生まれて初めて見る海で遊びました。
子ども達に会いたくて、その日、宿舎にしているホテルを訪ね、一緒にテーブルを囲んで夕飯をいただきました。
みんなで分け合いながらいただきました。
記念撮影をして、おやすみなさいの握手をしてホテルへ戻りました。
皆さん、東ティモールに居て「初めて海を見る」なんて、変な話だと思っていませんか?
しかし、子ども達が住んでいるファトラウの村にたどり着くまともな道はありません。
私は前回の訪問では幸いなことに、ラモス・ホルタ大統領と共にヘリでの移動で伺いましたが、貧しく車などの移動の手段の無い彼らにとって、村から出て行くのはとんでもなく大変なことなのです。
直線距離なら車で30分ほどの道のりが、4時間かかるほどの悪路。
今回のレセプション参加で、ファトラウの子ども達は、人前で歌い、たくさんの拍手と賞賛をうけ、見たことが無かった海で遊び、6月に日本から来たソプラノ歌手が、約束通りに一緒に歌いに東ティモールに帰ってきたことを体験したのでした。
ファトラウの子ども達が帰る日、ノルウェー大使館主催のビーチパーティーがありました。
子ども達とビーチの木陰でベンチに座り、一緒に歌って入る時、「私は世界一幸せ者だ」と思いました。
この子達と、ずっとこのまま、ここに居たいと思いました。
最高の幸せを与えて下さった、日本国大使館、ノルウェー大使ご夫妻、スタッフのみんな、パウロさん、アントニオ、ファトラウの子ども達との出会いを下さったラモス・ホルタ大統領、そして、何よりもファトラウの25名の子ども達に、心から感謝を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。
写真・文 宮良多鶴子
写真提供 ノルウェー大使館
東ティモールJICA研修生来沖
2010年11月15日~21日(沖縄県)
座間味小中学校での授業(座間味島)
11月16日
今年も東ティモールからJICA研修生が沖縄にやってきます。
11月3日~21日までの18日間、浦添市にある国際交流センターと座間味島での研修を行いました。
私たち「オ・ライ・ティモールの会」は、出来うる限りのサポートをしたいと座間味島での研修に参加いたしました。
また、研修生の休日を利用して沖縄の北部地域の視察を計画・引率させて頂きました。
私(宮良)は、前回(2009年6月と11月)、文化庁派遣芸術家として授業をさせて頂いた時、座間味小中学校の全校生徒の皆さんに、東ティモールの子ども達への応援の絵を描いて頂きました。
2009年11月の渡航の際、東ティモールで沖縄の子ども達の絵画展を開きましたが、まだ、ご報告に伺っていなかったのです。
東ティモールでの絵画展のご報告は私の義務です。
今年も、JICAの研修生が座間味島で研修を行うということで、私も座間味小中学校でご報告の授業をしに行って参りました。
小学生と中学生に分けて授業をし、東ティモールでの活動と東ティモールの子ども達の絵をプロジェクターで見てもらいながら、貧しくても心優しい子ども達のことをお話しました。
東ティモールには、水が無いところがたくさんあります。
「えーーーっ??」
電気がないところもたくさんあります。
「えーーーっ??」
小学生のこども達は、初めて聞く東ティモールの貧しさを驚いた様子で聞いていました。
水も電気も無い国が、地球上にはたくさんあることを初めて知った子ども達。
何時間もかけて水汲みに行かなければならない子ども達は、学校にも行けないことを話しました。
水道をひねれば当たり前に水が出、電気が当たり前にある日本が、どんなに幸せな国なのかを初めて感じた様子でした。
貧しく、一日一食を食べるのがやっとで、靴も服もなく、学校に行くことも出来ない子ども達でも、希望を持って目を輝かせて精一杯生きていること。
そして、特にお話したのがファトラウの子ども達のこと。
先月、一緒に歌ったファトラウの子ども達。5ヶ月前にやっと小学校が出来、学校に行くことが出来るようになった子ども達の心の優しさを話しました。
レセプションのリハーサルで子ども達に会いに行ったとき、子ども達が十分に食事をしていないことを知っていたので、首都ディリのスーパーで栄養になりそうなお菓子を買っていきました。
お菓子を渡したところ、お腹が空いているはずの子ども達は殺到するどころか、大きな子が小さな子にちゃんと同じように分け与えているのです。
誰一人、食べ物を巡って喧嘩をする子どもは居ませんでした。
みんなに同じように分け与えて、みんなで一緒に分かちあう。
素晴らしい文化だと思いました。
沖縄で言う、「ゆいまーる精神」です。
そして、一番驚いたのが、盲目の歌手アントニオ(29歳)と子ども達の関わりです。
私はアントニオが歩き出すたびに「転ばないだろうか」と心配で、駆け寄りすぐに手を取ろうとするのですが、傍に居る子どもがすっと手を取っているのです。
「あれ? アントニオのお世話係りがいるのかな?」
そんなことを思っていました。
しかし、アントニオが動き出すたび手を差し伸べるのは、毎回、違う子だったのです。
「ハンディキャップを持っている人を助けるのは当たり前」という考え方が、日常の中に生きているのだ!!
ですから、子どもでも大人を助けるのは当たり前なのです。
レセプションの当日、本番前のリハーサルの後、宿舎に向かうアントニオを25名の子ども達が囲んで歩いている後姿を、「なんて、素敵なシーンだろう...」と、感動を以って見ておりました。
優しい心は、決してお金では買えない。
物質的にどんなに豊であっても、心が貧しければ何もならない。
東ティモールの子ども達はとても貧しいけれど、心には世界最高の宝石のような輝く優しい心を持っている。
これは、お金では絶対に買えません。
中学生の男子が、泣きながら聞いていてくれました。
後から送られてきた生徒さんたちの感想文には、東ティモールの子ども達の優しさに感動したこと。
水も電気も無い国があることを初めて知って、自分がとても幸せだったと気づいたこと。
大人になったら、貧しい国の子ども達を助けるような仕事をしたいことなど、一生懸命つづられていました。
読みながら涙が出て参りました。
子ども達はみんな素晴らしい心を持っています。
柔らかく、感じやすく、敏感な心を持っています。
それを、大切に育てていくのは大人の役割。
東ティモールの子ども達のエピソードが、沖縄の座間味島の子ども達に真実を語りかけたのです。
お互いに成長していける支援のあり方。
私が一番望んでいることです。
「支援する側」「支援される側」ではなく、お互いに助け合い、分かち合い、成長していけるのが、共に歩いていくということだと思っています。
東ティモールの子ども達は、また、日本の子ども達を助けるでしょう。
私は、貧しくも眩いばかりに光り輝く東ティモールの子ども達の優しい心を、日本の子ども達にも伝えて行きたいと思います。
参加メンバー : 宇良一成、宮良多鶴子
写真・文 : 宮良多鶴子
座間味小中学校で研修に参加
11月17日(座間味島)
子ども達の授業を終えた翌日、JICA研修生の研修に一緒に参加させて頂きました。
研修は始まっていましたので、後ろの入り口からそ~っと入って座らせて頂きました。
前年の若い研修生達とは違って、地方行政に携わる県知事クラスの皆様。
たぶん、お会いした方もいらっしゃるだろうと思って見回してみましたら、なんと、2009年に歌いに行った時にご挨拶に伺ったラウテム県知事もいらっしゃっていました。
「久しぶりですね!!」と、お互いに沖縄での再会に大感激!!
知事のジュリオさんは、穏やかな性格で大変な人格者です。
2009年にジュリオさんにお会いしたとき、やはり旧軍に対する怒りの気持ち淡々とを話されました。
私は「日本人があなたたちに悲しい思いをさせてしまったことをお詫びします。私たち沖縄の人々もあなたたちと同じ痛みを味わっています。東ティモールの皆様と苦しみ、悲しさを分かち合い、共に手を携えて平和の道を歩いていくために歌いに参りました。これから2時間後にロスパロス病院で歌います。」と申し上げたところ、「あなたはこんな形に残らないことに、お金も労力もかけて日本からやって来たのですか? 日本も含め先進国は、形に残る物にはお金をかけます。あなたが平和のために再び歌いに来てくれたことに、心から感謝します。2時間後、県の要人を全員連れて行きます」
そう、言って下さいました。
沖縄での再会をどんなに喜んだか、皆様に映像でお見せできないのが残念です。
昼食の後、皆さんに集まって頂き、東ティモールの子ども達の絵をお見せしました。
沖縄の子ども達は400枚の応援の絵を東ティモールに贈りました。
東ティモールの子ども達から、300枚の絵を頂いて帰って参りました。
この絵を日本の子ども達に見てもらって、東ティモールの子ども達のことをお話しています。
貧しくても、優しさに輝く心を持った子ども達。
物は無くても、大きな希望と夢をもって、精一杯生きている子ども達。
私はティモールのこども達が大好きです。
訪問するたびに、地方の子ども達を訪れます。
地方の孤児院を訪れます。
そして、貧しい村に行って歌います。
昨年は、病人や農夫の皆さんのために歌いました。
DVに苦しむ子ども達のところで歌いました。
皆さんが沖縄滞在中、既に学んだように、沖縄も戦争の痛みを知っています。
痛みが分かる私たちだからこそ、共に苦しみを分かち合い、手を携えて平和を築くために歩いて行きたいのです。
一緒に平和を築き、アジアから全世界に平和を発信していきましょう。
大きな拍手と共に、皆さんが「もう、あなたとは友達であり、家族だ」といって下さいました。
オ・ライ・ティモールの会の活動は、こうした小さな小さな活動です。
しかし、東ティモールの人々の心に寄り添い、共に歩いて行きたいのです。
誰もやらないくらい、小さな小さな活動の中から、真の信頼関係を築いていきたいと思っています。
家族として、兄弟姉妹として、共に歩んでいくために。
写真・文 : 宮良多鶴子